りんごの匍匐前進

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勉強ができてしまう子供の保護策・支援策として【飛び級制度】を導入して欲しい~元当事者の意見

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自慢でもなんでもなく、私は自ら希望したわけでもないのになぜか勉強ができる子供で、楽をしたどころか、なんのサポートもなく辛い子供時代を送りました。

 

当事者の視点から「私立や通塾の難しい地方在住の学童、特に女児の教育機会均等ために日本でも習熟度別学習や飛び級制度を導入して欲しい」と思います。

 

※自意識過剰乙!とか言われちゃいそうなんで予防線を張っておくと、一応東大卒です。凡人ですけど。

年齢平均よりも勉強ができてしまう子供と親の現状

年齢平均よりも勉強ができる子を持つ親の話題のツイート

 

Twitterで、年齢平均よりも知能の発達した子供を持つ親御さんのツイートが1万8千回を超え話題になっていました。

 

私もhttps://twitter.com/y_psychologist/status/10980780277350400

 

年齢平均よりも勉強ができる子だった私

 

私も勉強しなくても年齢平均よりも勉強ができている子供でした。

 

学習塾に通ったことはない

 

私の田舎では私立の小中学校は存在せず、よってお受験も存在しないので、学習塾は勉強ができない子供達用という感じでした。

 

習い事は書道教室のみで、あとは部活動や遊びをしていました。

 

親は教育ママ&パパでもなく友達千人・スポーツ万能のパリピタイプ

 

うちの両親は父母ともみんなでワイワイ大好き友達千人スポーツ大好きパリピタイプで、PTA会長を務めたりもしました。

 

勉強は最低限できればいい、という考えで干渉はせず、私が東大に合格した時に「どんな育て方をしたの?」と周りに訊かれて「小さい時に煮干しをたくさん食べさせた!」と得意満面に答えていたそうです。

 

勉強ができる子供には何もサポートは事実上無い

 

子供が勉強できるようにするために塾や予備校、家庭教師に投資をする人はいても、子供を勉強ができないようにするために投資をする親はいないわけで。

 

何にもしなくても勉強ができる子供を見て人々はよく「楽な人生でいいよね」と言います。

 

しかし、勉強ができる子供は自ら楽しようと望んだわけでもなく、「勝手に」勉強ができるんです。

 

そういう子供達への支援は、勉強ができない子供達への支援に比べて後回しにされていて、現状ほぼゼロといってもいいでしょう。

  

一見すると「勉強ができる」子供よりも「勉強ができない」子供の方が明らかに「可哀そう」なので、「勉強ができる子供に支援を」といっても必要性はなかなか理解されません

 

 しかしながら、「勉強ができる子供」は「退屈する」以外にもたくさん障害があるんです

 

平均よりも勉強ができてしまうことで苦労する子供は一定数存在する

 

地方の教室で勉強ができ過ぎる子供は「教室で退屈する」以上に酷い目に遭う可能性が高いので、何らかの支援策を講じるべきだと思います。

 

私の身近な例を紹介します。

 

私の小学校からの同級生達には、私を含めて6人200人/学年、中学校)「この子は他の子と比べてもずいぶん賢いな」と思う子がいました。

 

6人の男女構成は男子4名、女子2名です。

 

うち5人(男3女2)は教師との関係で明らかに問題を抱え

1人(男)は目立った軋轢は無くても登校がまばらになるなどの学校生活に影響がありました。

 

2人(男女各1)は高校に進学するも3ヶ月未満で中退*1、不登校気味だった1人(男)は家族と共に都会に引っ越し私立校に進学することでレベルにあった教育の機会を得ました。

 

平均よりも勉強ができてしまう子供が直面する問題

 教師にとって勉強ができるのは「ズルい子」「生意気」

試験や模試の好成績、各種コンクールの入賞、各種検定の合格は教師の手柄という認識なのか、勉強ができることは都合よく重宝されました。

 

でもだからといって教師が常に味方ということは決してありません

 

小学校6年生の担任には授業中に話を聞いていないと調子に乗っている」と切れられ、クラスのみんなの前で「大石さんは勉強しなくてもテストで点数を取るズルい人です」と言われました。

 

100点の答案用紙を受け取るのが苦痛になり*2、テストは返却されると100点の右下の部分にすぐに折り目を付けるようになっていました。

 

教師も私を褒めるのも癪に障るのか、「今回のテストは難しかったから(お気に入り)ちゃんの80点が最高点かな~?」と言った後に、隣の席の女子が「先生!大石さんが100点です!」と言うと、「大石さんが取る100点よりも頑張って勉強した80点の方が先生は価値があると思うな~」とも公然と言われたりもしました。

 

教師は勉強ができる学童の味方どころか、常に同級生に譲ること、同級生を助けること、保護者になることを要求し、少しでも拒否すると激しく私の人格を非難しました。

 

学習補助員

 

私の場合はじっと座って授業を聞くどころか、自分の課題がすぐに終わると席を立ってわからない子にマンツーマン指導する奉仕労働を休み時間を犠牲にしてでも強制されていました。

 

「お友達を助けるのは当然のことです」というのは頭では理解できるけど、理解する気もなく「さっさと答えを教えてよ、意地悪!」みたいな同級生を相手に何度説明してもわかってもらえず、「威張ってる」などと言われたりして、誰からも全然感謝もされずに仕事を押し付けられるのは本当に苦痛でした

 

関係ないけど勉強ができない子ってなんで「考える」ことをしないで「答え教えろ!」になるんですかね。

 

答えを教えると教師に怒られ、答えを教えないと休み時間が潰れることで同級生に文句を言われて本当に嫌でした。

 

養護教諭扱い

 

小中学校の9年間、クラス替えではずっと知的障害のある同級生やネグレクト家庭の女児と一緒のクラスで、行事や体育の時間や役割分担、修学旅行の時には教員によって強制的にグルーピングされました。

 

私が友達と同じグループになって「楽しみだね!」と話していると教師が私だけに大激怒し、結成したグループを破壊して「クラスの嫌われ者たち」と同じグループにさせられるんです。

 

 

勉強ができるのは勝手にできるだけなのに、なんで私だけが自らを犠牲にして聖母マリアどころかイエスキリストみたいなことをしなければならないのか。

 

他の子供達とは明らかに要求するレベルが違いましたし、教師の思い通りに動かないと

 

「頭はいいかもしれないけど人としてダメだ」

 

「性格が悪い」

 

と散々人格を否定されました。

 

一方で知的障害をからかったり、ネグレクト家庭の子供を臭いとか言ってる他の子供のことは注意しないんです、意味がわかりません。

 

成績の悪い子供が泣いて訴えると私が必ず悪役にされる

 

小学校の紅白帽や中学校の運動着など、私の名前が入っているものが盗まれて我が物顔で勝手に使われて、明らかに私は可哀そうな被害者でしかないのに、私と友達が「返して!」と言うと相手が泣き出し、教師は「勉強ができるからって○○さんを泣かせて良いわけがないでしょう!謝りなさい!」でした。

 

意味がわかりませんでした。

 

勉強ができる=強者、勉強ができない=弱者、という固定観念が教師の頭にあるのでしょうが、体育着を盗まれ、名前の刺繡をマジックで塗りつぶされてもなお私は被害者になることができないみたいです。

 

流石に泥棒の被害者の私が謝るのは意味がわからな過ぎたのでPTA会長さまの父に職員室に来てもらいました。

 

リア充の両親はこういう時には役に立ちます。

 

教師にとっては勉強ができるというだけで全ての悪いことは私のせいみたいです。

 

教師にかけられる呪いの言葉

 

中学校の教師はよく、

 

「今はよくても高校に入ったら勉強習慣が無いからすぐに落ちこぼれる」

 

ともはや呪いとも取れる言葉を嬉しそうによく私に言っていました。

 

「やれば誰でもできることを簡単にできることになにも意味はない」

「勉強ができても人間性が問題あるならクズも同然」

 

言葉だけ見ればその通りかもしれないけど、人を見下したり馬鹿にするために努力をしたわけでもないのに、ただあるがままにいるだけで勉強ができているだけで誰も馬鹿にしたりしていないのに、教師から目の敵にされます。

 

他の中学校の同級生の5人も、やはり教師と軋轢がありました。

 

「勉強ができる能力って素晴らしいね!大切にして、たくさん勉強して、将来は人の役に立つような立派な人になって頂戴ね!」

と言ってくれる大人は両親も含めていませんでした。

 

親は「お勉強大嫌い楽しいこと大好き」タイプだったので、きっと私もそうなると信じていたし、教師は教師で「高卒家庭の子供のクセに勉強ができるのが生意気!身分不相応!」くらいに思っていたのでしょうか?

 

子供に過度な期待を押し付ける教育ママパパや受験産業関係者は問題ですが、少しも期待してくれず、むしろ呪いをかけてくる人も考えものだと思います。

 

 教師以外にも同級生の間でもちょっと浮く

 

賢い同級生の6人のうち2人は人気者タイプ(松本人志的喋りが面白いお笑い1、イケメン1)でしたが、私を含めた4人は陰キャというかちょっと浮いているタイプでした(ミステリアスのモテ子、『宇宙人』、『都会の坊ちゃん』、私)。

 

「学校は勉強だけを学ぶ場所ではありません。人間関係を学ぶ場でもあるのです。」

 

というのはその通りですが、ある程度浮くのは仕方がないと思いますよ?

 

工藤新一はがコナン君として小学校1年生の会話に合わせられるのは彼が小学生の体をした高校生だからであって、小学校1年生の知能を持った高校一年生に囲まれて工藤新一は同じように振る舞えるでしょうか?

 

きっと苦痛に感じるし、話の合う人と付き合いたいと切望すると思います。

 

うちの親は「百点満点を取るよりも百人友達を作って幸せになって欲しいな!」というパリピタイプなので「友達が少ない自分は悪い子なんだ」という意識は常にあったし、常に周りの顔色を伺う自尊心が低い子供になっていました。

 

対人スキルの育成が遅れる

 

勉強ができてしまう子供が勉強ができない子供に延々と付き合うことで身につく対人スキルは、【勉強ができない人相手の対人スキル】でしかありません。

 

というか特別扱いされるので、スキルを磨く機会はほぼありません。

 

一方、勉強が勝手にできてしまう子が大学に進学すると急に自分と同じくらい勉強ができる人に囲まれることになるので、上記のような環境で身に付けたスキルなどは一気に役に立たないものになり、ここでも大なり小なり苦労することになります。

 

低レベルな勉強環境はやっぱりストレス

 

小中学校の時は授業中の退屈さはもちろん、教師からの言葉の暴力や理不尽な要求、泣けばなんでも許されると思ってる同級生や子供っぽい振る舞いを要求されることがストレスでした*3

 

高校は自転車で通える範囲で*4一番頭のいい自称進学校にいきましたが、そこでの生活は友達もできて中学校よりは楽しかったものの、勉強のレベルの低さが受験の焦りと相まってストレスでした。

 

嫌味でもなんでもなく、進学校を名乗っているのに同級生が簡単な問題も解けないのも、教師が延々ダラダラと堂々巡りで低レベルな解説をするのも私には理解できなくて、自分の置かれてる環境が理不尽に思えてある日さめざめと泣きました。

 

私が飛び級制度を希望するわけ~性別や地域にとらわれない教育機会の平等

 

地方在住の女児には都会の私立校に通うという選択肢は無いですし、男子のように都会の私立進学校に引き抜かれて行くということもありません。

 

私立校の無償化の話が出ている今、都会の私立校でレベルにあった教育を受ける機会に恵まれた子供と、そもそも私立校が存在しない地方在住の賢い子供との間の教育格差の問題にはもっと目を向けるべきだと思います。

 

地方の進む過疎化(新たに学校を建てるわけにはいかない)や脆弱な鉄道網(遠方通学は難しい)を考慮すれば、教育の地域格差、性別格差を埋める一番手っ取り早い方法は飛び級制度の導入だと思います。

 

将来大成するかは全く別として、発達には個人差があるのに年齢という数字で区切ること自体がナンセンスです。

 

そして、勉強ができるというだけで教師や同級生からよくも悪くも特別扱いされるので、「人間関係を育むスキル」を磨くためにも飛び級制度は有益だと思います。

 

私は年上と話したり混ざって一緒に作業をするのに何の違和感も感じない子供でした。

 

結果とし私はて東大には行きましたが、飛び級制度が認められているなら地元の国立大学に早く入って学問の基礎を学んで卒業し、早めに大学院に進学して研究に従事したかったです。

 

後から知ったのですが、地方国立大学は学生の質はともかく研究者の質は東大に全く劣らずに素晴らしい人も大勢いますから。

 

そういう意味では飛び級制度の導入には人材流出を防ぎ、地方活性化の効果もあると言えるでしょう。

 

まとめ

  • 勝手に勉強ができるというのは地方の教室では世の中に思われているほど幸せな性質ではない。
  • レベルにあった学校に通えない地方在住の学童、特に女児の教育機会の均等のため、飛び級制度を導入して欲しい都会の子供だけレベルにあった学習の機会が与えられるのは不平等!
  • 飛び級制度ができなくても、勉強ができる子供をズルい子扱いしたり養護教員扱いするのはせめてやめて欲しい。喋りが大人びてようと試験ができようと知能検査でいい結果をだそうと子供は子供。

 

*1:

うち一人は中退した後に高卒認定試験を受けてSランク大学に進学しました。

*2:

子供によってはわざと間違うようなことをすることもあるそうです。私はその発想は全く無かったので決してしませんでした。

*3:

でもバカボンやポケモンといったアニメ、まんがや体を動かす遊びは年相応に大好きでした。

*4:

都市圏在住者には想像もつかないでしょうが、私の田舎の自治体には現在なお電車が一本も通っていません。